「アーティストに著作隣接権などの権利を広めたい」ILCJ事務局長・山下智インタビュー
ミュージシャンとして国内外で活躍しながら、マネジメントやレーベル業、レコーディングスタジオや飲食店などの事業も手掛けるILCJ事務局長・山下智さん。これまでの道におり、アーティスト視点で見たILCJの意義について、語っていただきました。
(撮影協力:STUDIO JOURNEY / 取材・文:野本由起)

海外への足掛かりを得るため、ILCJに入会
──山下さんは、現在インストバンドROUTE14 bandのドラマーとして国内外で活動しています。音楽業界を目指したきっかけを教えてください。
高校生の頃、ビジュアル系のバンドを組んだのがスタートでした。ちょうどGLAY、LUNA SEA、L’Arc-en-Cielが出始めの頃で、コピーバンドをやることに。その後、大学に行きながらコンビニでバイトをしていた頃、バイト先の先輩に誘われてバンドを組んだのが、本格的に音楽を始めるきっかけになりました。
──そのバンドでは、プロデビューも視野に入れていたのでしょうか。
そうですね。先輩に「夢見ようぜ」と言われて、若さゆえのノリで。僕も何の知識もなかったので、簡単にプロになれると思っていたんですよね(笑)。
それでバンドが楽しくなり、「音楽でプロになるぞ」と思って大学を中退しちゃったんです。そこからフリーターとして飲食店でバイトしたりバーテンやったりしながら、音楽を続けていました。
──そのバンドでデビューしたのでしょうか。
いえ。一度、川崎のCLUB CITTA’の店長に声をかけられて、忌野清志郎さんの前座をやらせていただいたことがありましたが、デビューには至りませんでした。
──そこから次のステップに行くことになったきっかけは?
他にもいろいろバンドをやっていましたが、そのうちのひとつが大手レコード会社が立ち上げたインディーズレーベルと契約することになったんです。ただ、僕にはちょっと合わなくて……。例えば、僕らのライブにお客さんが10人集まったとしますよね。担当マネージャーは「今日来た10人が本当に君たちを気に入ってくれたら、次は友達をひとりずつ連れてくるからお客さんが倍になる」とホワイトボードに図を書きながら、熱弁を振るうんですよ。僕としては「いや、それは無理だろう」と思いながら、「頑張ります」と言うしかない。2年くらいは続けましたが、ちょっときついなと思って結局辞めることにしました。そうなるとバンドもテンションが落ちて、結局解散してしまいました。
その後、歌ものの音楽を始めたものの、それもうまくいかなくて。そこから「趣味でいいから音楽をやろう」と、当時のバックバンドのメンバーで集まり、2010年に結成したのがROUTE14bandでした。トランペット奏者の山崎千裕をフロントにして、「インストバンドだから海外でも通用するんじゃないか」というシンプルな発想で、結成半年後にはロサンゼルスに行きましたね。
──すごい行動力ですね。
英語なんてまったく話せませんが、とりあえず路上のアーティストに声をかけて「よかったら、その楽器を弾かせてもらえないか」と演奏したら、お客さんの反応がものすごく良かったんです。シンプルに「音楽、やっぱ楽しいな」と思いましたし、「言葉が通じなくてもこれだけの人が喜んでくれるなら、もっとちゃんとやろうかな」と気持ちが切り替わりました。
それが、ILCJに加盟するきっかけにもなりましたね。東京国際ミュージック・マーケットに出演すると、海外のレーベル担当者やバイヤーと商談するチャンスが得られると知って、申し込むことにしたんですが、そのためには日本レコード協会のような業界団体に所属する必要があって。ただ、僕を含めてバンドのメンバーもみんなお金がない。それで、一番安く入れるILCJに入会しました(笑)。
その会場で、韓国のレーベル・JINU ROCK ENTERTAINMENTの方と会い、契約をすることに。今も韓国での配信はすべてこの会社にお願いしています。
──ILCJに加盟したことが、海外への足掛かりになったんですね。
そうですね。ILCJに入会するために、TYCompany合同会社も設立しました。それまでは肩書きなんて必要ないと思っていましたが、例えば自治体のイベントに出演を申し込むにも、個人で行くのと法人では先方の対応が全然違うんです。ホールやライブハウスをレンタルする時も、会社名義で、しかもILCJのような団体に加盟していると説得力や信頼度がまったく違います。法人を立ち上げ、ILCJに加入したことは、僕の音楽人生においてはものすごく大きいことでしたね。
ILCJには各国の情報が集まり、常にアップデートできる
──TYCompany合同会社では、現在どのような事業を展開しているのでしょうか。
原盤制作とアーティストマネジメント、ライブ制作が主な業務です。ほとんど趣味ではありますが、飲食店も経営しています。
2022年には、レコーディングスタジオ「STUDIO JOURNEY」もオープンしました。ロサンゼルスのWestlake Studioのように、間接照明で落ち着いた雰囲気をイメージして。僕は第二種電気工事士などの資格も持っているので、ほぼDIYで作りましたね。150万円近くする防音扉は、ネットオークションで安く買ってバンドメンバーと一緒にトラックで福岡まで取りに行きました(笑)。
──先ほど、法人化やILCJ加入が転機だったとお話されていました。これまでの音楽人生で思い出深い出来事、苦労したことはありますか?
振り返ってみると辛かったことは意外となくて。人に助けられてきたなと思います。山崎千裕+ROUTE14bandから、トランペットの山崎がメジャーデビューする時に、彼女にはマネージャーがいなかったんです。そこで僕が手伝い、メジャーレーベルの仕事も覚えることになりました。また、当時同じ事務所にT-SQUAREも所属していたのですが、当時のボスに声をかけられて僕がマネジメントを手伝うことに。この時、ISRC(国際標準レコーディングコード)や著作権について知ったり、大きなイベントを行う方法を覚えたりしたことは、今でも役立っています。
──ご自身もミュージシャンだからこそ、アーティストの気持ちもわかりそうです。
そうですね。T-SQUAREはとにかく音楽と楽器が大好きで、こだわりがものすごいです。
こういう方々と同じレベルで話すのは難しいのですが、ミュージシャンとしての経験が活きました。
マネジメントとして、アーティストやミュージシャンはお金の交渉が苦手なので、そういったことも仕事として覚えられたのは大きかったです。
──こうした経験は、今の仕事にどのように活かされていますか?
どんな仕事が来ても、そつなくこなせるようになりました。最近まで知らなかったのですが、僕のようなタイプは意外といないらしくて。例えば、レコード会社のA&Rでも著作隣接権や著作権のことは法務や別の担当が居るために深く知る必要はありませんし、音楽配信についても国外のアグリゲーターなどについては国内ほど詳しくないこともありました。僕は勉強する機会に恵まれましたし、ILCJでセミナーや商談会に参加することもある。各国のいろいろな情報が自然と集まってくるので、常にアップデートできるのもありがたいですね。
パート2へ続く。。